明らかな独禁法違反を示す朝日新聞の内部資料、ASA宮崎大塚の例、販売店の自己責任論の破綻(1)
はじめて「押し紙」問題が国会に持ち込まれたのは1981年3月だから、その年から数えて今年で40年になる。日本新聞販売協会の会報には、それよりもはるか以前から「押し紙」についての記述があるので、少なくとも「押し紙」が社会問題として浮上してから、かれこれ半世紀になる。さらに厳密に言えば、戦前にも「押し紙」が存在したとする証言もある。
わたしがこの問題の取材をはじめたのは、1997年である。以後、独禁法違反という観点から、最も理不尽に感じた「押し紙」裁判の判決のひとつは、2011年9月5日に下されたASA宮崎大塚の裁判である。ASA宮崎大塚の敗訴という結果に、今も納得していない。独禁法違反の明白な証拠を原告が提出したにもかかわらず、朝日新聞弁護団の詭弁の前に販売店が敗訴したからだ。